les sonimage records

ページ「ソニマージュ・レコーズ」の続編です。新着はこちら!


2009年8月25日

【Tim Buckley】
Live At The Folklore Center. NYC-March 6.1967




Tim Buckley、新発掘音源ついに到着しました。
これから聴きます!

1. Song for Jainie
2. I Never Asked to Be Your Mountain
3. Wings
4. Phantasmagoria in Two
5. Just Please Leave Me [#]
6. Dolphins
7. I Can't See You
8. Troubadour
9. Aren't You the Girl
10. What Do You Do (He Never Saw You) [#]
11. No Man Can Find the War
12. Carnival Song
13. Cripples Cry [#]
14. In the Rain Comes [#]
15. Country Boy [#]
16. I Can't Leave You Loving Me [#]

以下、テクスト・ライブです↓

コメント


なかおちさと 2009年08月25日 19:19
これまで発表されなかったのは、多分、マスターの音質が悪いからかなあw

なかおちさと 2009年08月25日 19:21
声が若いなあ。
何気にモンキーズのミッキー・ドレンツの声に似ているんだよ、ぼくの中ではね。

なかおちさと 2009年08月25日 19:22
ああ、気持ちいい。

なかおちさと 2009年08月25日 19:24
イン・ストア・ライブです。
聴衆、少ないの。
高円寺・円盤みたい。

なかおちさと 2009年08月25日 19:25
ああ、興奮して汗かいちゃった。
ちょっとシャワー浴びてきます!
一時停止。

なかおちさと 2009年08月25日 19:39
ああ、シャワー気持ちよかった。
再開。
音質にも慣れてきたな。

なかおちさと 2009年08月25日 19:41
あ、そうか、すげえええ。
イン・ストア・ライブだからマイク立ててなくて肉声、生ギターなんだ!
それでこの音質かあ。
ああ、すっかり沁みてきた。
暖かい拍手。

なかおちさと 2009年08月25日 19:47
ああ、グラミー賞受賞した人たちがリマスタリング担当だって。
コレでもここまで磨いたのか。
オリジナルはどんな状態で遺っていたのかなあ。。。
必殺「Dolphins」。

なかおちさと 2009年08月25日 19:49
ああああ、友部正人さんと大塚まさじさんが追浜の居酒屋さんで15人くらい相手に生声、生ギターでやったときもこんな音だった!
チャーミング。

なかおちさと 2009年08月25日 19:50
歌ばかり聴いちゃうけれどギターもすんごい。

なかおちさと 2009年08月25日 19:54
過去のどのライブ盤にも似てない。

なかおちさと 2009年08月25日 19:57
拍手鳴り止まない。
鳥肌立ってきた。

なかおちさと 2009年08月25日 19:57
何で死んでしまったんだ力石!

なかおちさと 2009年08月25日 19:58
ああ、「本当にあった怖い話」見逃しちゃったよ。。。。

なかおちさと 2009年08月25日 20:07
知らない曲がある・・・・・・。
わあ、「No Man Can Find the War」!
これはまたまた鳥肌!

なかおちさと 2009年08月25日 20:16
曲目の後の「#」は未発表曲。
道理で初めて聴く。

13. Cripples Cry [#]

泣けてきた。

なかおちさと 2009年08月25日 20:17
聴衆35人。
「高円寺基準」だと多いんだか少ないんだか分かんないなw

なかおちさと 2009年08月25日 20:19
14. In the Rain Comes [#]

なんでスタジオ録音しなかったんだろう・・・・・・。

ああ、いやこのライブアルバムだから涙腺直撃なんだ。。

なかおちさと 2009年08月25日 20:22
15. Country Boy [#]

恐ろしいコード・ストローク!
うわ、すげえ。。。

なかおちさと 2009年08月25日 20:26
16. I Can't Leave You Loving Me [#]

ええええええ、もうお終い。。
もっと聴きたい。
コレもコードストローク強め。
胸が締め付けられるボーカル。

低音弦がブリブリいっている。

曲の展開も1曲とは思えないほど!
なんだ、こりゃプログレッシブ!

なかおちさと 2009年08月25日 20:29
終わりました。

Tim Buckleyの一枚目にはお薦めできないかもしれないですが、ぼくみたいな病的信仰者にとっては神がかりの一枚です。

はあ、頭からリピートします。

なんて温かな聴衆なんだろう!

そこを彼は引き裂いたり、包んだり、もう面目躍起。

なかおちさと 2009年08月25日 20:33
うん、音質に耐性ができた二回目の方がよく聴けます!
一ヶ月くらいヘビー・ローテションになりそう。。。

温かい、ホント「聴き込める」。




2009年6月6日

【RONNIE BIRD】
ぼくだってキレイな顔に生まれたかった

ただいまんもす。

ここ数年のジャケット買いCDで大当たりしたのが画像1,RONNIE BIRD!

おフランスのモッズ。

ストーンズのカヴァーなども収録されています。

残念なことにいまは入手困難なようです。

検索するとちょっとしたプレミアになっています。

Amazonでは出てこない、稀少な盤。

↑な事情があり、紹介するのを躊躇していたのですが、いやいや時代はすごいね。

YouTubeにもっとレアな「動画」がUPされていました。

フランス国内のTVショウ。

彼が動いているだけで、ぼくはもうお腹いっぱい。

コレ、1966-1967年ですよ↓。



こんな貴重な映像が遺っていること自体、ホント驚きです。

当時は基本的に生放送だけじゃないの?

いや、しかし動画でもジャケット写真と同じく端正な顔だち。

くっきり二重まぶた。

ブロンド・ヘアー。

肝心の音がまたカッコイイ!

死語ですが「イカす!」と讃えたい。

それにしても、こんなキレイな顔に生まれたら、なるほどフランス全土を支配できたんだろうなあと嫉妬と夢想に駆られる次第。

ぼくだってキレイな顔に生まれたかった。

Ronnie Bird

その青春の花と華が咲き乱れて美しい。

そんな一編のフィルム。

うん、美しい。









2008年12月31日

【砂丘のオーティス】

皆さま

頭ダイジョウブですか?
ぼくは困ったことに上海の裏通りで猫を食わせる料理屋の前を手錠を掛けられつつ紅衛兵に衆目の前で暴行を受けるという夢を見ましたとさ。
目覚めたら我が家のにゃんずがぼくのベッドの上で優しさを持ち寄り集会をしていました。
おそろしあ。

2008年が終わります。

ぼくにとっていちばん思い入れと未練を残していたバンド「見送りの日」。
このバンドの再編成がようやく叶った年として記憶したいです。

その他、いろいろユニットをやらせていただけました。
関係者、共犯者の皆さん本当にありがとうございます。

2008年、マイブームをさらりとお復習いさせてください。

今年はR&B、ソウル音楽しか聴けませんでした。
どうしたことなんだろうと自分でも不可解です。

サム・クック、レイ・チャールズ、オーティス・レディング、オーティス・クレイ、ウィルソン・ピケット、サム・アンド・デイブ、ジェームス・カー、アレサ・フランクリンetc.

中でも特に注目したいのが「Live In London And Paris Otis Redding (STAX)」!

名盤「Live In Europe Otis Redding (STAX)」と同年のロンドン公演、パリ公演の発掘音源を収録した爽快な一枚。
今年発売。





熱のこもりようが筆舌しがたい程に濃い。
マスタリング、音の立ち上がりが素晴らしいです。
この仕事はオーティスの核、本質を浮かび上がらせます。

いや、何をもっても「まずオーティスありき」なんですけれどね。

「R&Bばかり聴いた」とは言ってもぼくにとってサム・クックとオーティス・レディングは他の数多のソウル・シンガーと比してかなり別格、破格です(特にサム・クック!)。
2008年発売のCDの中で、特別に愛した作品です。
この熱は来年以降にも持ち越されそうですよ。
多分、もっと濃くなると思います。

ううん、こうしたソウル愛の傾向が、たとえばバンド「見送りの日」などの「OUTPUT」の側にどうフィードバックするのか、自分で自分を慎重に見守っていきたいです。
うん、只今の「INPUT」と「OUTPUT」の乖離はどう決着するのやら・・・・・・。

ああ、来年は1月から見送りの日のレコーディング、2月から定期的にライブとなります
(後記:特注 1月17日(土)渋谷ギャラリーLE DECO ソロ?)。

2月6日@渋谷アピア

福田理恵 with なかおちさと

詳細未定

縁を紡いでゆきたいな。

漫画部門は「駅から5分 (2巻) くらもちふさこ 集英社」。
映画部門と読書部門はともに旧作ばかり漁っていたので該当なしです(これはぼくが悪いです)。

思い出部門は子猫3匹誕生。
うん、これは強烈な経験です。

さあ、世界恐慌へ突入だ!
社会不安に乗じて革命だ!
無事でいてね!
ありがとね!
よいお年を!






なかおちさと(見送りの日 ソニマージュ・レコーズ)





【歌旅 中島みゆき YAMAHA】

水曜日、宴の時間をフジテレビ系列に会わせていると「爆笑レッド・カーペット」と「グータン・ヌーボー」の間に「リ・ボ・ン 絆物語」という小番組が放映される。
ああ、今週はザ・ぱんちでなかったなあ、今回は優香かあ、「水のないプールに飛び込んで、低い鼻もっとぺちゃんこにしてえええええ」などと思いつつ寛いでいると、中島みゆきの「糸」が流れ出した。

「縦の糸はあなた 横の糸は私 縫うべき糸に 出会えることを 人は 仕合わせと呼びます」

テレビジョンから流れ出たその「糸」は中島みゆきの声ではない。
しばらく聴くとMr.Childrenの桜井和寿の声だと分かる。
「え、ミスチルが中島みゆきのカヴァー?」
などと驚くともうひとかけら細工があって、桜井和寿とプロデューサーの小林武史を中心とした別ユニット「Bank Band」によるカヴァーだという。

これが中々よい。
原曲に忠実なのがよい。
つまりは原曲が余りに素晴らしい。

早速、Amazon.co.jpにアクセスするとこのBANK BANDは限定生産のためにいまは販売していないとのこと。
アルバム一枚6500円程度のプレミアが付いていた。
買えないじゃん!

「縦の糸はあなた 横の糸は私 縫うべき糸に 出会えることを 人は 仕合わせと呼びます」

原曲より。

いいなあ、染みるなあ。

小伝馬町プードルで友川かずきの「物真似」をした今年、練習中に聴いていたのは友川かずきは勿論、プラスして「歌旅 中島みゆき YAMAHA」だった。

発声の練習、研究に相応しかったのもさることながら、「伝える」という気概において友川かずきと中島みゆきはどこか似ているのだ。
「歌旅 中島みゆき YAMAHA」は2007年のツアーを収録したモノ。
収録した場所は様々だったようで、曲間歓声、拍手がフェード・イン、フェード・アウトする。

どの曲も素晴らしい。
アルバムは中期の曲に当たる「御機嫌如何」から始まる。
最新のライブ盤でなじみ深い曲を生まれ変わらせてくれるのだから、こちらも機嫌良く迎えられる。

すべての曲に関して詳細にレビューを記したいのだが、そこはブログ。
あまりに膨大な記事は書けない。
代表曲「ファイト」に焦点を当てたい。

フレットレス・ベースの低く滑らかな音が這う。

「あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた 女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている」

一節目から落涙してしまう。

原曲とまるでアレンジが違う!

感心するのは最初のサビ「ファイト! 闘う君の唄を」の「ファイト!」のトーン、声音。
可愛いと形容したくなるほどに明るく「軽い」、これが如何ほどに印象的なことか!
聴き手が早めの絶唱を待っているところにチカラ抜いての「ファイト!」
無邪気さを装おう邪気。
びっくりだ。

この最初の「軽い」「ファイト!」が後半の曲世界すべての絶唱へと転じて気高く昇華される。

「あたし男だったらよかったわ 力づくで男の思うままに ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ」

すべての男性にとってこのラインは夜叉の絶唱、絶叫のような印象すら抱かせる。

中島みゆきの歌はとても高度かつ多彩な表現力で裏付けされている。
「感情表現」といった「狭いエリアの表現」の話ではなく、楽曲全体を聴き手にどう提出するか? というタームと面と向かい合った上で提出する表現なのだ。

分析すればするほど恐れ入る。

ただし、ひとりの聴き手として分析なんて聴き方は後回しなんだ。
分析なんて作業で恐れ入る以前に、まずこのひとに、中島みゆきに身を投げたくなる。
誰も見ていない場所で再生してひとり目を閉じる。

「誰に見せる為じゃない 己の素顔を見るロックンロール (「背広の下のロックンロール」)」







Venom

最近、カールマイヤーの音源作りの参考のために「極悪」な音楽を貪欲に求めています。
でも「極悪」なものって少ないんですね。
世評で「極悪」と呼ばれていてもぼくには物足りないバンドばかりです。
しかしひとつだけ好きになったバンドがあります。

Venom







ハードロック、へヴィメタルが今日的変身を遂げた1970年最後期から1980年代初頭。
当時、イギリスで猛威を奮ったニューウェイブ・オブ・ブリティッシュ・へヴィメタルの只中で現れたバンドです。
いまなお活動しているようなので頭が下がるくらいご長寿。
このバンドの最初期のアルバムを聴きました(どうやらある時期を境に「極悪」ではなくなったようです)。

まず音質が「極悪」です。
音楽波形編集ソフトで開いてみたら、まあ猫のバナナうんちみたいな波形!

一本糞!

いかに抑揚や起伏に乏しいか波形からも観察できます。
各楽器の分離、特にギターとベースとドラムとヴォーカルの分離がひどいです。
ええ、全部ひどいです。
楽器は総じてドとレとミとファとソとラとシの音が出ていません。
最初期なのでオリジナルマスターテープがないのかもしれませんね。
特にボーナストラックの曲によってはクラッチノイズが聴こえた気がするので一部アナログレコードから起こしたのかもしれません。
いや、そもそもオリジナルマスターテープ自体が汚かったのかもしれません。
もうこの問題についてはこれ以上考えたくないです。

「極悪」にして最高に気に入ったのはドラムがテンポキープとして機能していない点です。
「極悪」の世評がありながら気に入らなかったバンドたちはテンポを意識しすぎでかっちり窮屈このうえなく、どこが「極悪」なんだよ、むしろ軟弱だよ! と思います。

その点、Venomは下手なのか確信犯なのかドラムが3秒につき1秒ずれます。

時間軸がぐにゃり。

無闇に不安になります。

これはもうポリリズムのような趣です。

またメンバー3人、各人好き勝手に鳴らすので多声的ですらあります。
元々、演奏をまとめようという気がないのか、下手なのか、まあもうこの際どっちでも構わないです。
あっちでギャー! こっちでトンスカ! はじっこでブーン!

誰が、どの楽器が基軸なのか全然分からない。

結果、ポリフォニックであり、この点で最高に気に入りました。
また意図不明なSEが使われています。映画「悪魔のいけにえ」の音声だけみたいなSE。
意図を汲みかねるこのSEたちも多声的です。

マテリアルの装丁はすべて悪魔崇拝。
メンバー写真ではフレンドリーな雰囲気を醸しながら見ず知らずの私たちに向けて中指を立てています(写真2)。
これもひとつの青春なのだなと感動します。

歌詞は「Fuckin'」と「Die!」その他いかにも卑俗な言葉が「ノルマかよ!」ってな具合に、各曲、律儀に組み込まれています。
聴き手としては歌詞からなにか学ぼうという気がさらさら無いのでどうでもいいのですが、一応、この記事を書くために歌詞を意識的に聴きとってみました。
いわゆる「デス声」と呼ばれるヴォーカルなので非常に聴きとりづらいのですが、がんばって聴きとったら曲のタイトルを連呼しているだけでした。

この記事だけでは伝えきれない点が多いので、曲をUPします。
但し著作権を考慮して40秒のみです。また右チャンネルをいじりました。
あと、一曲だけではバンドの魅力を伝えきれないと思うので四曲まとめて、いやまとめてというか左チャンネルに四曲同時に重ねてみました。
一度に四曲聴けるのでお得かつ効率的です。
暇なひとはこの音源をエンドレスリピートに設定してみて、ヘッドフォンでしばらくボーっと聴き流してください。
いつのまにか逝きたくもない冥界に飛べます。

http://www.sonimage.ne.jp/sound/SonsOfSatan.mp3








尚、上述の通り最近の彼らは変節、というか上手になってしまったと聞きます。
それでは肝心要の「ポリフォニー」が成立しなくなっているのではと危惧します。
ぼくが入手しているのは現時点では「
Welcom To Hell」「BLACK METAL」。
初期作品のみです。


La legenda de LOS JOCKERS LOS JOCKERS Warner Chile

どうしよう、ドラえもん! またジャイアンが歌の練習始めているよ! 
もしかして、また「ジャイアン愛のリサイタル」かしら。ブルブル。
助けてドラえもん!

ジャイアンが歌の練習をしていたのはボクも知っていたよ。
でも今回は丁度いい道具が手に入ったから安心していいよ、のび太くん!

ええ、ホント!
ね、それどんな道具? 教えて、教えて!

ちょっと待っててね。
パカパパッパパー!

「HOTチリ・ジャイア〜ン!」

のび太くん、この「HOTチリ・ジャイアン」はね、元々は南米にあるチリで1966年から1968年までに活躍したロック・バンド Los Jockersの曲なんだよ。
この曲はアニメ版のジャイアンよりも歌が下手なんだ。破壊度がアニメ版ジャイアン比で200パーセント超! 
これをジャイアンに向けて流すことで、「毒をもって毒を制する」って仕組みなんだ!

どれどれ、ちょっと試しに以下のURLをクリックしてみようか↓。

http://www.sonimage.ne.jp/sound/LosJockers.mp3








Los Jockersは1966年から1968年まで活動していたようです。
2000年にチリのWARNER MUSICから復刻編集盤が出ました。
当時のコピーは「チリのローリング・ストーンズ!」。
実際に「サティスファクション」をカヴァーしています。

コピーで沸いた期待はいい形で裏切られました。
うひょ、どうにもいい加減な感じがたまらない!

特に上記のURLにあるファイルを聴いたときは耳だれがトロトロ溢れ続けました。

ただ、他の楽曲は雰囲気などまた違ったものばかり。
まともかつ魅力的な曲もきちんとあります。

Los Jockers。
印象は何とも形容しがたいのですが、うーん、「チリのローリング・ストーンズ!」というコピーから想像するストーンズの「黒」志向。この「黒」が希薄なんです。もしくは「黒」さへの執着がそれ程徹底しないままという感じ。
この<「黒」(さへの執着)が希薄>は南米のロック・カルチャー全般の特徴かなと思う次第です。
「黒」さに一定の執着をしているロック音楽こそROCK! みたいな公式が南米では通用しないんじゃまいか。
かの大陸はカラフルで楽しいですね。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=60568
コミュニティ「南米音楽大陸」。

私、なにもしない管理人です。
それでも充実しているのは会員様のお陰です。
今後ともよろしくお願いいたします。



最後にすいません。
どなたかチリで著作権がどのように扱われているかご存知の方いらっしゃいませんか?


WOMAN BLUE JUDY RODERICK (VANGUARD)

アマゾン・レビューなるものに初挑戦しました。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000000EIH/qid=1145154489/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/250-7733656-6698651

「WOMAN BLUE JUDY RODERICK (VANGUARD)」、1965年録音作品です。
YAHOOオークション、何故か「ワールド・ミュージック」のコーナーで落札。
PENTANGLEのファーストの静謐さがあり、しかし版元がJAZZの名門、VANGUARD。
何者か分からないまま、ただただ「パーフェクト」と思うばかりでした。

「アメリカ、ブルース・ウーマン第一世代(←、ジョーン・バエズみたいなの?)」との記事を読みました。
こうしたカテゴライズこそこの作品との出会いをひとびとから遠ざけてしまったのかもしれません。




「WOMAN BLUE JUDY RODERICK (VANGUARD)」

22歳の輝石

ワールド・ミュージックのコーナーで見つけたため、インナーライナーノーツやwebで出自を調べるまで彼女が何者なのか分からないままだった。
一聴したその瞬間はブリティッシュトラッドの埋もれた名跡かしらと想像した。
「アメリカ、ブルース・ウーマン第一世代」が彼女の出自らしい。
とはいえ、このアルバムは輝石のように聴く者の面前で表情を変える。
トラッド、ジャズ、カントリー、ブルースetc.
発表当時でさえ、この表情の豊かさこそがときにひとを困惑させたのかも知れない。
このアルバムとの出会いはカタログで見つけられるものではなく、偶然に任され続けている。
出会ったものはその「偶然」を数奇のものと捉えて、家人でさえ寝静まった夜にそっとターンテーブルに載せる。
JUDY RODERICK、録音時22歳。
奇蹟、輝石。






久しぶりの投稿になります。

アルゼンチンの天才(?)ギタリスト、PAPPO率いる「PAPPO'S BLUES」!

活動期間は1971年から1975年(多分・・・・・・)。
この間に6枚のアルバムを遺しています。

ジャケット写真のものはその6枚のアルバムから万遍なく選りすぐった21曲収録のベスト盤です。

まず驚かされるのがこのバンドのサウンド!
ハードロック、もしくはハードブギ。尚かつジャズ的なシンコペーションも聴ける不思議なバンドです。

リーダーかつVo.GのPAPPO。正にハードブギのジミヘンドリックス!
共通点はめっさワウワウペダル踏みまくるところ! ←のみ!

1971年にして既にハードロック、ハードブギをアルゼンチンで実践していた点に興味の大半があり、実際にさて音楽としてどうなのだろう? という聴き方で最初は接していました。

しかしPAPPOのマジックは伊達じゃない。Gibson SGにワウ・ペダル踏みまくり、この年代にしては音歪みまくり。
しかしブギがベースなのでハードロックといえど様式とは無縁の柔軟さがあって心地よい。
あと思うのはブギバンドって最小編成が一番だと思う点。
ブギノリはそれ自体「スカスカ」にならないノリの波があるのでソロ、もしくはバンドなら3人がベスト!
ま、ぼくの好みですけれどね。

ちょっとしたお出かけの際でも、いつの間にか脳内でPAPPOのギターが響きだします。
そのときコズミックな印象さえ感じるのは何でだろう?
ここでは紹介できませんが計6枚のアルバムジャケットにコズミックな要素がてんこ盛り。
これが本人達のインナービジョンならば、スペーシー、コズミック、ともに無理もないのかも。

メンバーの変遷はありましたが基本的にギター、ベース、ドラムの3ピースという編成は崩しませんでした。

南米音楽大陸の歴史資料としても貴重なのかもしれませんが、パーティー、もしくは脳内パーティーのお供に、ぜひPAPPOのハードブギで踊って欲しいです。

これぞ南米、ロック、ポップスの豊穣。






9月15日

リオの星

新宿の外盤ショップが健在だった頃は気になるアーティストを見つけると即GET。
ただ「気になる」の基準が通例の買い物と違うのは前情報なりがお店の方が手書きで作ったキャプションだけ。
3枚に1枚は駄盤を掴ませられる。

それでも南米音楽の魅力は尽きない。
トラッドやダブ、レゲエに関しては語りつくされているだろうから、このサイトで紹介する必然性はあまり感じない。
ロック、ポップの豊穣をお伝えしたいよ。



「REVOLVER (1975) OU NAO (1973) walter franco (eastwest)」


ブラジルのアーティスト、walter francoの1975年作の「REVOLVER」と1973年の「OU NAO」の2in1。
紹介しておいてなんだけれど、このアーティストの出自はまったく分かんない。
また2in1の宿命で比較的にエレクトリック全快の1975年作品と、アコースティック楽器が軸の1973年作品が混在していて、このアーティストの正体はもっと分かりにくい。
ただ言えることはこのアーティストに限らず南米のロック、ポップミュージシャンはうた、声をサウンドの中心に置く。
ビーフハートかザッパか? てな前衛的なアレンジでもうた、もしくは歌い手と、その声をサウンドの軸とする。
またこのwalter francoについて顕著なのは前衛的というかハチャメチャなアレンジなのに妙に都会っ子のオサレさんさんなんだよ。
都会といってもNY、TOKYOのそれではなくリオデジャネイロのそれなのだけれどね。
一音一音聴きこむとその変態具合を確認できるのだけれど、このひとのダンディな雰囲気のおかげで自然に聴ける。
1973〜75年といえばシティ・ミュージックの台頭の時代ではないか!
うん、当然に異論はあるだろうけれどぼくはこうした音楽こそシティ・ミュージックなのだと訴えたい。
一般にアメリカのシンガーソングライターのシティミュージックは例外はあれ、シティの断面の捉え方が一面的、もしくは音楽で表すべきところを歌詞に頼りすぎていたように思う。
シティ・ミュージックはミュージックそのものに「シティ」が現れなければ嘘だろ。
こんな世の中だ。
現れたシティはエキセントリックでないと嘘だろう。
一日中、都市の中に居たら発狂しそうにならないかい?
正にここでのwaltaer francoは心配になるほどに危険、一歩手前。
この1973年と1975年の記録の中でヴォーカリストは七色の声を駆使する。
当然だ。
都市の本当の姿は正に多声的なんだ。





8月10日

歓びの歌

ページ「続・ソニマージュ・レコーズ」を久しぶりに覗いてみたら、トップに平川地一丁目の記事。
褒めすぎかしら?
彼らをこれほど讃えた記事、読んだことない。

久しぶりに音楽、CDのお話。


「RCAレッドシール100年の奇跡 VOL.1 指揮者・オーケストラ・器楽独奏者編 BMG」

最近になってやっとクラシック音楽と和解できるようになった。
和解できるようになった途端、様々な曲、演奏が聴きたくなって仕方がない。
一年前なら考えられないことなのだよ。

ぼくと音楽の出会いは幼少の頃の沢田研二全盛期。
ジュリーの歌を保育園でひとり熱唱しては保母さんやちびっこたちに「ちいちゃんはお歌が上手ねえ、将来歌手になれるわ」とその場限りの根拠のない褒め言葉を無邪気に信じてしまったからだ。
あとね、母親が合唱団のソプラノ歌手だった。
合唱曲の譜面を辿るために母親はピアノを習うことにした。
母親に無理を言ってぼくも同じピアノ教室に通うことにした。
小学校一年生のこと。

ところがピアノは過酷だった。
まず自宅練習の際のメトロノームのカチコチが恐怖だった。
カチコチ鳴ると、もうどうにも気が焦る。
なんだか追われているような気がしてピアノどころではない。
教室での練習ではメトロノームの代わりに先生が手拍子を打つ。
「はい! ぱんぱんぱんぱん。手拍子に合わせて!」
いまならこう言い返す。
「手拍子とかさ、メトロノームの音とかにあわせて打鍵するってさ、それゲームの習得とどう違うのさ?」
さらにダメ押しでこう言い返す。
「演奏者は情念をいかに演奏結果に昇華させるか考えつくす。そこにテンポの概念の根本的な反省の契機が生まれる。オレ、新時代のロマン派だから!」

ま、でもメソッドにも歴史があって、「習得」にはゆるぎない根拠があって、そこはそれ、議論としても難しいんだよ。
ただクラシック・ピアノの習得が直線的にクラシック音楽アレルギーの端緒になった。
学校教育や「町の」ピアノ教室では「作曲者重視」の傾向があまりにも強すぎた。
どの演奏家による演奏か?
誰の指揮による演奏か?
これが作曲家の楽曲を生かす殺すを決定すること。
うん、多分、名演を聴いていなかったことがいけないんだろうね。

ミッシャ・エルマンがチャーミングで仕方がない。
バイオリンの音としてイメージされるのは皆「エルマンの音」。
なのに、実際にどう弾いてもエルマンのトーンは出せない。
実際に愛器と向かい合いエルマンの音を出そうと悪戦苦闘。
ぷ、全然遠いよ!
でも多くの人はエルマンの音こそをバイオリンの音としてイメージすると思う。
理由は明快で、初めてレコードという「最新メディア」に録音を残したのが彼だったから。
エルマンの初録音は1908年、約100年前のこと。

蓄音機の普及は貴族の御前での演奏を大衆家庭に解放した。
それは大革命だよ。
エルマンのレコードは当時大ベストセラーになった。
ああ、この時期の録音聴きたい!

エルマンの戦前録音は正規レーベルのものでは中々お目にかかれない。
ま、100年前のレーベルなんて潰れちまって跡形もないのが実情だから当たり前である。
ところがさすが名門RCA!
「RCAレッドシール100年の奇跡 VOL.1 指揮者・オーケストラ・器楽独奏者編 BMG」
ミッシャ・エルマン、1911年2月12日の録音が聴ける。
「フランクール様式によるシシリエンヌとリゴードン クライスラー」

さて聴いてみて驚いた。
うむ、え? あれ?
最初感じた違和感はクラッチノイズの有無。
耳にしてきたエルマンはいつもクラッチ・ノイズの中から鳴りだしてきた。
CDであってもいわゆる「レコード起こし」のものが多かったため、このCDのような正規マスターテープからの直接のマスタリングで戦前録音を聴くことなどなかったんだよ。
でも切なくもいい音だよ。
死ぬ間際はこの演奏聴きながら昔日に想いを馳せ、心安らかに逝ってよし!

エルマンのことばかりを書いてしまったけれど、このCDの白眉は文句なくウラディミール・ホロヴィッツのピアノ演奏。
1957年のホロヴィッツ自身の編曲による「ビゼーのカルメンの主題による変奏曲」。
このCDが初出。
情念をいかに演奏に反映させるかという目的のために技術の習得を究め尽くしたんだろうな。
技術が目的とならず、手段であることの健康さ。
躍動。
音楽家の鑑をひとりあげるとすれば、ぼくはホロヴィッツを真っ先にイメージすると思う。

さきのふたりの後に自身のお話をするのはおこがましいにも程があるのだけれど、先日、ステージ中にロマン派と呼ばれる演奏家たちの気持ち、演奏に対する心の向かいがなんとなく分かった。
それはハッとするような瞬間で、「ああ、そうか彼らはかように楽曲と心のありようを表出したかったのか!」。
それは自身の中から洪水のように洪水する歓びの歌だった。
でも洪水を洪水させるにはいまのぼくはまだまだ足りなく、そしてまだまだ足りないんだ。
音楽は豊か。
まるで汲み尽くせない源泉。



朗唱のチカラを聴く


「桜の隠す別れ道 平川地一丁目 (Defstar CCCD Maxi Single)」

日本製アコースティック・ギターの老舗ブランドKYairiのギターを抱えた少年がレンズを見据えている写真。
HIT曲らしくテレヴィジョンでこの曲が一日に数回、それもサビにあたるラインが響いてくる。

このふたりの少年たちについてはこの記事を読まれている方々の方がぼくなんかより余程親しいかと思う。

ぼくはテレビ、ラジオを媒介とした音楽番組にはまったく馴染みがなく、この少年ふたりの素性について語るほどの知識は持ち合わせていない。

ただ連日テレビ番組の合間に流れるプロモーションフィルムと、そこで響くサビのメロディ、歌詞を含めたラインを繰り替えし聴くうちに確信が芽生えてきた。

「この曲はここ数年の歌謡曲、ポップスのHITシングルの中では恐らく最上のものだろう」

アコースティックギターがサウンドの前面にて鳴る。
巧いわけでもなく、単調なコードストローク中心の演奏。
音色も特筆すべきほどいいものではない。

ただサビの部分を辿ってみた。
まずメロディを辿ってみた。

いい。
正直に書くと胸に響いた。

CCCD(CDとCCCDは別物と考える)のクレジットを確認した。
作詞作曲 林龍之介。
CCCDジャケット左側、KYairiのギターを抱えた少年。

ぼくはこの曲のなにが気に入ったのか分析的な言葉を書き連ねることに躊躇している。
ただ、その魅力は「近年にない哀切が滲むメロディライン」だけではなさそうだ。
なんというか譜面や記譜法での再現と、この曲の実際の演奏には著しい乖離が出現すると確信する。
この曲は譜面の上では4/4拍子で記譜されるが、しかしこの曲の実際のテイストは記譜し得ない。

ここで、もうひとりの少年、林直次郎の歌唱に耳を傾ける。
朗唱の発声法に固有の機能。
ヴァースからヴァース、小節から小節をなだらかに繋げる朗唱。
あたかもヴァース、小節そのものを無効にするような朗唱というものに宿るチカラ。

唐突に過ぎるけれど割礼の宍戸幸司の朗唱の真髄もまたこの辺にある。
勿論、林直次郎少年は13歳。
宍戸幸司という「にほんの歌」の系譜にその業績を刻む確信犯的なそのひとと比較することには無理がある。
ただ、ヴァース、小節の無効化を朗唱のチカラで達成するその点の一致。
また強調したいのはその朗唱と、ヴァース、小節の無効化の姿態が平川地一丁目というユニットでは自然に身についたものである点だ。
この特質では林龍之介少年の朴訥としたコードストロークも確実に貢献している。
露骨に書くと、ある種、音楽、音楽家としての稚拙さもまたこの曲の成功の要因だと思う。
ただ、様々な要因の末にできあがった曲がぼくにとって心地がいい、気持ちがいいものであること。
この国の普段はまったく一顧に値しないチャートで上位に食い込む在り様にどこか「安心」する。

♪いることが 当たり前 さよならするなんて まばたき程の 短い時間 三年は♪

サビに詠われる歌詞を確認すると、歌詞自体は寧ろヴァース、小節に縛られている印象がある。
なのに実際の演奏にはこうした印象を忘れさせるチカラがある。

にほんの歌のマジックが聴こえる。
流行歌に対する予断のために耳を塞いでいたら、この曲を素通りしていたかもしれないなと、一種、戒めのためにここ幾日リピートし、またリピートしている。



フォークシンガー

最近、CD購入が思うままにならない。
生活費もギリギリの貧乏暮らし。
本来ならCDというものを買うことすら憚れる身の上。
ただどうしてもフランスの現代音楽家のピエール・アンリの仕事を追いかけなくては先に進めなくなっていた。
畜生、昔髄分集めたはずなのに誰に貸してしまったのだろう?
一枚もなくなっていた。
CD時代初期のリイシュー版が豊富だったから残念。
もう手に入らない。

Amazonを覗いてみた。
現代音楽に限らず、クラシック音楽なども輸入盤は廉価。
財布に優しい。

それでも探している音源はなかった。

こころ変わりが起こって妙な購買意欲が沸いてしまうのがネット・ストアの罠ですね。


「やぁ。 加川良 URC」

URCカタログのAvexよりの再発。
このアルバムは店頭でジャケット見てひとめぼれ。
でも財布はウスペラ・・・・・・フ・・・・・・・。

「加川良呼べないかな?」
ある年、ヘブンズドアの堀社長がぼくに連絡先を尋ねてきた。
加川良の連絡先・・・・・・。
高田渡さんの自宅の電話番号まで収録されているぼくのスーパーアドレス帳にも、加川良さんの連絡先は書いていなかった。
「加川良、すっごいかっこいいぜ。なにせあのひとはオレの人生を変えた人だからね」
ヘブンズドアの堀社長の出発点はフォークだったのかい?
今ではクアトロクラスのPAをあの狭い小屋で全快で鳴らしきる。
ハードコア音楽のメッカだ。

加川良に徐々に引き込まれている。
2003年末の「朝まで生つるべ」という番組で坂崎幸之助が「教訓機廚魏里辰拭
CM明けに「いまこの時期本当に大切な曲ですよね」といった鶴瓶の顔、口調はタレントの余裕など微塵もなく、在りし日をあの細い目をさらに細めて回顧していた。

海外現代音楽アルバムが廉価だったおかげで、「やぁ。 加川良 URC/Avex」を手に入れることが出来た。
寝る前に軽い気持ちで室内に流したのがいけなかった。
驚きで目が覚めた。
URCレーベルはシバというブルースマンなども輩出していたけれど、加川良のニセモノハウリングもいい。
バック陣は中川イサト一名だけれど鉄壁だ。
この人は「上手い」「巧い」と褒められるけれど、ぼくは中川イサトのそこらの芸当は「うるさい」と思う。
単純にポンーと爪弾く音こそがいい。
爪弾いた音が単純にいいよ。

M3「フォークシンガー」

奴は俺の前から何年も前にずらかりやがった。
遺して行ったのは「ヤング・ギター」っていう くさい本だけ
責めるつもりはないけど頭にくることは
俺をフォーク・シンガーなんて呼びやがったこと

曲冒頭からいいラインだ。

アルバムは小ホールでのライブ録音。
絵が浮かぶような素晴らしいライン。
それは上等なボードヴィルのよう。

「教訓機廚念豕鵑傍啗を浴びたという逸話のためにぼくと加川良の付き合いはファーストアルバムだけだった。
このアルバム「やぁ。 加川良 URC/Avex」、サードアルバムいいね。
ファーストよりも個人的に好き。
三軒茶屋ヘブンズドア、堀社長はいつの頃からのファンなのだろう。
この作品は何歳で聴いたのかね?
高校生?
そう、高校生って言ったな。
好きだったんだろうな。

ゆずの影響で溢れ始めた街角の少年少女。
溢れあがったせいで高騰した中古ギター市場はいま暴落している。

M3「フォークシンガー」

あれから数年 あの街 この街 探したぜ
俺に恥をかかした奴を 殺すために
俺は一生かかっても奴を探し出してやる。
俺をフォークシンガーなんて呼びやがった奴を


情景が浮かぶ歌詞には良質のサウンド作りがなされることが多い。
演奏も詩世界の構築に手を貸そうと執念掛けるものね。
そして舞台は正に上等なボードヴィルのようになる。
ボードヴィルってのは難しいんだ、でもこの国にしっかり根付いた大衆文化だから、その成功はこのアルバムのように凛としているね



[カールマイヤーの亡霊」
補記
(11月13日)

いまだ「イワク」が消費されるkarlmayer ep/カールマイヤー・ファースト。
いくつか製作、録音に関して補遺があります。
特筆したく思う点ではサンプリングという表現上の技法に関してと、実際のサンプラーの使用が混同されている問題です。
G/tapes/effectsとクレジットされるぼくは製作当時、貧乏大学生です。
本格的なサンプラーはまだ非常に高価でした。
サンプリングという表現上の技法と、実際にサンプラーを使うという製作過程は必ずしも一致するようなものではあ りません。
端的にいうとエフェクターやレコーダーの使用で擬似的なサンプリングは採用しましたが、サンプラーは使用していません。
また使用した機材はYAMAHAの4トラックのマルチテレコ。
当時の普及版です。
音質の劣化こそ心配し、オーヴァーダビングはご想像されているよりも遥かに少ないです。
ギターやベースに限っては一本、一トラックのみ。
ヴォーカルはステレオトラック×3回のセッション。
僅か3回の発声のみでこの多声的なヴォイス作品を創りえたことこそコウノアヤコの天才とその集中力の実証です。

最近は都市伝説としての通用力はなくなり、「都市伝説の実例」として挙げられるようになったこと、10月11日付記事「カールマイヤーの亡霊」の所期したものです。
一方で「たいしたことない」という主意の強調の際に、実際の製作過程とは異なる状況を設定しての極めて雑多な批判を見受けます。
「たいしたことない」
仕方なしです。
ただ、録音、製作過程に関して、実証性を欠いた雑多な類推で「たいしたことない」に関しては実証的なデータを再度、議論の渦に差し上げます。
使用機材はYAMAHAの4トラックマルチレコーダー。
MIXダウン用にSONYのDAT。
リヴァーブ、ディレイ機能のマルチ・エフェクター1台。
都市伝説というものはカールマイヤーepへはいまや実害を加えません。
「精神崩壊を目的とした正式な実験音楽」という雑多な括り。
その社会的暴力はこの社会で多少とも疾患を持つ方への排他的な暴力として稼動します。
一方、カールマイヤーepそのものを「精神崩壊を目的とした正式な実験音楽」として触れ回ることの通用力は、度重なる消費によっていまや陳腐化したと確信します。
現時点でカールマイヤーepへの実行力を伴う害とは、録音、製作過程に関して、実証性を欠いた雑多な類推で「たいしたことない」。
作品の成り立ちに潜むチカラの矮小化の方こそ辛いです。
ギターとベース、各一本、一トラックのみ。
ヴォーカルはステレオトラック×3回のセッション。

力を抜いて昔話を少しします。
1992年から1994年、カールマイヤーが生きた時代の音楽地図。
懐かしくお付き合いできる方は思い出してください。
ささやかな脳内ウォーキングです。

当時、コウノアヤコに強い影響を及ぼしていた女声のひとりにディアマンダ・ギャラスがいます。
特に1981-9年作品「Diamanda Galas THE LITANIES OF SATAN (MUTE)」。
タイトル名に顕著なように、当時のギャラスはスキャンダリズムへの過剰な傾斜が頂点でした。
今となっては、スキャンダリズムへの過剰な傾斜が後にこの女性の女声としての堕落を予感させますが、当時はまだ刺激的でした。


「Diamanda Galas THE LITANIE OF SATAN (RESTLESS/MUTE)」

1960年代後半のジャズ/ロックシーンの宝箱といまだ思うNYのESPレーベルのカタログの復興、大規模な再評価も訪れました。
ぼくをキックしたのが昨年、フェスティバルで30年の際月を経てファンの前に姿を現したPATTY WATERS。
彼女が1960年代に遺した「PATTY WATERS Sings (ESP)」「PATTY WATERS COLLEGE TOUR (ESP)」。
ぼくは彼女のファーストB面「Black Is The Color Of My True Love's Hair」に金縛りされたままです。
ぼくのソロパフォーマンスでのバック音源や、バンド鳥を見たでのピアノの多用はこの曲に金縛りされたまま、そのままの姿態です。
しかし男性にして男声のぼくに彼女の声は出せません。
また誰も出せません。


「PATTY WATERS Sings (ESP)」

1998年のBBCでのインタビューで上記のディアマンダ・ギャラスがPATTY WATERSをこう評しています。
「多分、あのひとだけが自分の肉声に、器楽奏者ができること以上の柔軟さを持ってやってのけたんだと思う。そんな歌い手は彼女しか知らないわ」
実は、カールマイヤーはPATTY WATERSの後にもうひとり、貴重な女声を知っていました。
TAMIA
彼女に関してのデータは少ないです。
いまも当時もCDでのリイシューはされていません。
カールマイヤーのメンバーはコウノアヤコの職場の同僚からアナログ録音を頂きました。
当時もいまも件のアナログ盤は万単位の額で取引されているかと存じます。
PATTY WATERSの作品、もしくは肉声は強烈な遺産ではありましたが、バックをJAZZ陣営のつわもの達がしっかりとサポートしています。
ピアノはBurton Greenのものです。
更にのちの「Diamanda Galas THE LITANIES OF SATAN (RESTLESS/MUTE)」は、エフェクター、SE、パーカッションの使用はあ りますが、その音楽としての真髄はほぼギャラスの女声のみに求められます。
バック陣にJAZZミュージシャンを従えて登場し、しかし楽器奏者の誰をも凌ぐ、VOICEという楽器を駆使したPATTY WATERS。
彼女の出現が1966年、ギャラスがシーンを席巻する1981-9年作品群。
そのギャラスに遥かに先立って全編女声のみで「小作品」以上のものを作り上げた女声、それが歴史にうずもれたTAMIAです。
実際に耳を傾けます。
その後のギャラスの先鋭的なヴォイスとは対照的に静寂な印象こそTAMIAの魅力です。
カールマイヤーのメンバーが当時、TAMIAに聴き入ったものは、その類稀な深い静謐さです。
またTAMIAのアルバムの音響は、カールマイヤーにとって、別の文脈でのアイドルだったチャールズ・ヘイワーズ/THIS HEATの残響処理の金属性に親しいものを感じました。
リピート、全編女声のみで「小作品」以上のものを作り上げた女声、それが歴史にうずもれたTAMIAです。
オノヨーコ、メレディス・モンクは小作品、もしくは「WORKS 小作品集」でのVOICE作品は残しましたが、アルバム一枚分に値する分量の「WORK」を、VOICEのみで成し得たこと、そしてそこに聴かれる静謐さ、そのオリジンは多分TAMIAという歴史に埋もれた女声です。

静謐さに傾斜するメンタリティ。
こうしたメンタリティの在り様について、当時のメンバーとどれ程、共有できていたか?
いまは遠く青白い季節のことです。
ただ、ぼくに限っては青白い薄明かりこそ、至高の輝きとして親しんだ20、21歳です。

余裕のあるときで結構です、カルマイヤーepを仔細に聴いてください。
「うるさいだけ」
仕方なしかも知れません。
途中、直感と確信を以って静謐に女声を潜ませようとするコウノアヤコの息を辿ってください。
それでもその劇的な箇所が聴こえないのは仕方ないことかもしれません。
ただ、仔細に声質まで変化させているコウノアヤコの微細の不思議を確認できる余裕があ る人にこそ、異物を排斥しない成熟した民主主義社会の成員たることの証、その信頼を、ぼくは敬意を持って寄せさせていただきます。

人類はPATTY WATERSとギャラスとの溝を唯一埋める女声、TAMIAという女声を、将来に渡って劣化しないデジタルメディアへの変換さえしていません。
国内に限らず、人類規模でもPATTY WATERSの2作品は決して入手が楽なものではありません。
「これは音楽なの?」
カールマイヤーにそう尋ねる方にこそ、訴えがあります。

「音楽史への参加要綱は満たしています」

昔話には固有の若さがあり、影響を受けた先達の方への篤い敬意だけが露わです。
では、カールマイヤーのオリジナリティは?
もしくはカールマイヤーを「始原」「資源」とするものは?
まずVOICEの明証はその「声紋」そのものにあります。
そして、














未了


 

10月30日

木曜休診

慢性気管支炎という病気は奇妙なもので、「慢性」というだけあり、いつでも寄り添っている。
今日は少し調子がいい、咳もない。
外出しよう。
この季節の空気はカラカラに乾いていて肌触りが抜群。
もう少し遊んでいよう。
気がつけば咽喉奥が発火している。
慢性の疾病というのは時に陰に隠れる。
兆候が見られないためにその影を見落とす。
疲れた身体になったとき、陰から影が覗く。
瞬く間に全身を隈なく制圧する。
この際、症状は途端に「急性」の容貌へと変化する。

こうした記事は近隣の方を悩ませてしまう。
あなたの日記は身体に悪い。
いや、あの記事は嘘だからと笑い返す。
しかし自嘲のトーンには、自己弁護のトーンが倍音のように鳴る。
自嘲というものの「心むかい」と、自己弁護というものの「こころ向かい」は正反対な所期を抱いて、書記において失態を重ねることしばし。
自らの醜態を自ら笑うその実は、実体たる自らの非を茶化す。
自ら「言い分け」可能な対象として認知した瞬間、恥ずかしく笑いに包んだものの実体は、見事に「言い訳」へと変容している。
ここにもまた慢性疾患の影を見よう。

慢性の疾病というのは時に陰に隠れる。
兆候が見られないためにその影を見落とす。
疲れた身体になったとき、陰から影が覗く。
瞬く間に全身を隈なく制圧する。









お返事遅れまして、大変申し訳ないです、中尾千里です。
 
絵と写真どうもありがとうございます。
 
実はですね・・・・・・この絵、次回「サボテンだらけの部屋」のフライヤーに使わせていただけないかとお願いしたく、ご検討いただければ幸いです。
 
最近、気管支炎の治療のために仕事もできず・・・・・・いや、この治療生活というのは、そのまんま「引きこもり」の様態でして、生活様式が精神状態を規定、本物の引きこもりにさせてしまう。
 
どうにも情けない・・・・・・。










「アイラーのような音を出したい」
 
諸先輩への批判になりかねないのでこれまで公にしてきませんでしたが、多くのギタリストが何故、そう願いつつもできないのか? についてひとつヒントになる秘密を書いておきます。
秘密とはいえ実際には単純な傾向です。
 
「きちんと押絃していないから」
 
ノイジーなプレイ、フリーキーなプレイ、その際に超速度で左指を湧き出る音階に習って動かす。
その際に高速で動かした左指がきちんと指板上の絃を押さえ、右手が現在、左手
によって押絃されている絃をHITする。
この点ができていないと、音の粒立ちがどうしても平坦になる。
 
サックス・プレイヤーが繰り出すフリーキーな音の連発は、そのサックスプレイヤーがキーをすべて押さえ、さらに息を調節した結果で鳴っています。
 
ぼくは先日来、ピアニスト・ウラジミール・ホロヴィッツのプレイを改めて聴きなおして実感しました。
もうとんでもない速度での打鍵なのに、10本の指すべてが強弱を弾き分けている。この特徴ではグレン・グールドはホロヴィッツに遠く及んでいないと感じ入りました(それでもグールドの革命は別のところにあり、不朽です)。
 
ピアノは打鍵しなければ発音しない楽器。
サックスは押鍵しなければ発音しない楽器。
ギターは押絃しなければ発音しない楽器。
 
最近、発見した「the guitar player」というファイル。
敢えて昔のプレイをUPしたのは曲自体の出来は不出来ですが、「すべての音が押絃された結果」特有の粒立ちを聴くことができたから。
 


右手には情感との連動、強弱や時間軸での色づけをする余裕がまったくなかったようで「はあ、若いなあ」と思います。
ただ左手の押絃と、その絃への右手のHITは20歳代のプレイでは及第点かなあと、それはぼくは器楽奏者として、打鍵しないと発音しない楽器、ピアノを出発点としていることの証であり、「年を重ねて、ここから後退していたなんてことのないように」という自身への戒めのために、公開しておこうと思い立った次第です。
 
そして以下、先達者を挙げます。
 
ぼくは当時もいまも高柳昌行を愛し続けています。
 
押絃という基本をきちんとしているからこそ、彼はフリーキーなプレイでも生命の漲りに満ち満ちています。
 
高柳昌行が絶えず口にし続けた言葉は「アイラーに帰れ」です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
↑エラソー・・・・・・。
しかし、独身31歳引きこもり。
 
補足
 
「アイラーのように」に関しては
 
ピアノは打鍵しなければ発音しない楽器。
サックスは押鍵しなければ発音しない楽器。
ギターは押絃しなければ発音しない楽器。
 
「HOROWITZ  at Carnegie Hall  (CBS)」

「ALBERT AYLER QUINTET AT SLUG'S SALOON  (ESP)」

「高柳昌行 アングリー・ウェイブス  850113  (AKETA'S DISK)」
 
「何かを動作させると音が鳴るという素子の運動についての考察」に関して、ぼくと石塚にとって、カールマイヤー時代にヒントになった音響彫刻の記録。
 
「HARRY BERTOIA  unfolding  (PSF)」
 
現象という客体、何がしかの感動という主観。
その溝には跳躍課題がいっぱい。
ただ、感動という主観のありようは客体の音楽に刻まれている。
多分、粒立ちというものこそ音楽の生命の漲り、その痕跡たるものとして聴かれるものだと想う日々です。





以下はただの蛇足です。

昨今のカールマイヤーに関する騒動とその感想の中に「突如、何十本ものギターが鳴る」という実況がされていました。
実際はオーヴァーダビングなし1本のギターと1本のベースです。

こうした誤解なら嬉しい、うん。
カールマイヤーの10年後の実効力とはその点で、(予めメルツバウだけは免除された)「ノイズ批判」の生命力だったのかもと、色々落ち着く中で想い至ります。










↑エラソー・・・・・・。
しかし、独身31歳引きこもり。
NAKAO,Chisato
sonimage groupement!!
mailto:sonimage@v005.vaio.ne.jp
http://www.sonimage.ne.jp/index.html











木曜休診。

奢り、高ぶり、饒舌。
それもまた慢性化しうる疾患。

ただ、昂ぶり。
元気そうじゃん。
この写真に印画している演奏者。
彼に気管支炎を疑うひとはいないと想うよ。

生活、人生。
ぼくは陽光にもっと機会を与えていい。

組織せよ。

......peace......












木曜休診







 










 
pics in Summer 2003 SENDAI by IIJIMA, Ai 







 


 

以下は2000年度に書いた記事に付記を加えたものです。

もうダメだ。「入手しやすいモノ」なんて禁忌に縛られたら何も書けなくなってしまった。
「You Used To Think ERICA POMERANCE ESP」
1968年の録音だが、時代が移ろってもいまだ新鮮。バック陣は後にオクトパスというバンドに結集するが、エリカ嬢の声はこのアルバムでしか味わえない。
いまESPレーベルの作品は新譜では入手が非常に困難。中古で足を使って探してもらうしかないが、その価値は充分ある。
冒頭から、左右両スピーカを揺らすエリカ嬢の声。バック陣の演奏はアコースティックなのに、グルーヴ感抜群。
この鮮烈な印象は一度聴いたら忘れ得ないだろう。
その他の曲はスピードを少し落としてアコースティックに鳴らされる。
バック陣も面白いが、よく聴き込むと
ギタリストは伝統的なブルース・ノートに忠実だったりするので、革命の種はやはりエリカ嬢のヴォーカルに求められる。



上のジャケットを手がかりに東京中を捜しあぐねて欲しい。
「場を変える音楽」というものがあるとしたら、この作品だ。


2002年11月17日
付記


近年、入手が困難だったESPレーベルの作品群がオランダ経由で復刻され、発売にいたっています。残念ながら、いまのところ前回の大掛かりなレーベル全体のリイシューの際にあった国内盤での発売はされていません。
今日現在、確認できるカタログにはアルバート・アイラー、SUN-RAのESPでのすべてのアイテムと、エポックとして記憶される若干のJAZZアーティストのアルバムの再発です。
ROCKでもGODZなどはすでに復刻発売されています。
近い日にこの作品がまた店頭に並ぶ日が来れば、足を運べば、誰にとっても入手できる日が来れば、その日、「開く扉」がある。
そう信じています。
上記の記事を書いてからもう数年経ちます。
いまこの部屋にエリカ嬢の声が乱反射します。
このひとは「鼻歌をなんとも堂々と霊感を交えて歌い上げる」、だから情念に限りなく近いうたを身を震わせながら歌った。
拙い表現ですね。
ただ、たとえばブルースとは元々、(奴隷)労働中の鼻歌こそが始原でした。
鼻歌というものには実ははかりしえない可能性がある、そんなことを感じることしばしです。
今回、復刻されるESPカタログは、幸いなことに大きな輸入盤取り扱いのお店で入手できます。



大学4年生の頃は集英社のある雑誌の編集部で雑務をしていて、東京中の地下鉄を原稿を持って歩き回っていた。
このバイトは「学生限定」と謳うくせに、まともに学校へ行けるようではないスケジュールで、この年、ぼくは期末、年末試験以外の日は大学に一日たりとも行ってなかった。
試験の日だけ行く。
美学と銘打たれたその講義の試験問題は「音楽の身体性について述べよ」。
ぼくは灰野敬二と山下洋輔トリオのことを思う存分、書きなぐった。
採点はA(優)。
こんなにお話の分かる先生なら講義もきちんと行くべきだったなあなんて後悔している。

ここに紹介する作品は山下洋輔トリオの第二期にあたるもの。

「CLAY 山下洋輔トリオ クラウン・レコード」
山下洋輔(pn.)
坂田明(sax,tp.)
森山威男(dr.)

正直、この作品が一番適当なものかは不安で、というのも他にも聴くべきアルバムはたくさんある。
ただ、入手のしやすさから考えてこの作品をまず推そう。
表題作の「CLAY」はモハメド・アリの以前のリング・ネーム(本名)、カシアス・クレイにちなんだもの。
音源は山下洋輔トリオが初の海外遠征を行ったヨーロッパ・ツアー。
1974年6月2日、西ドイツ(当時)の「ニュー・ジャズ・フェスティバル」。
ここで聴かれるような音楽にはコメントは不要と言い切るひとがいる。
身体で聴くものだから、言葉は不要だということだろうか?
ぼくはそうは思わない。
むしろ、わたしにおいてはこう響いた! ということを各自が高らかに詠うといい。
その際に自分の言葉に権威、権力と結ぶなにがしかを取り除いておくこと、そして皆が語る。
そんな姿こそ望ましいって思う。
あらゆる解釈に向かって開かれている音楽は、それこそあらゆる解釈が口を開けなければウソだよ。
ぼくはミクロにおいて自由にざわめくピアノ、サックス、トランペット、ドラムが、マクロにおいてゆるやかな解釈でいうところのひとつの統合(楽曲)を鳴らしている。
ミクロの些細が大なるものを背後に鳴らしている在り方に「理想」を聴いてしまう。
このことは山下洋輔トリオに留まらず、日本の一時期に隆盛した、フリー・ジャズの巨人たちが残した仕事にも聴くことができる。
何故だか日本のフリー・ジャズの在り様なんだ、不思議とね。
アメリカで勃興して、ヨーロッパに深く根付いたフリージャズだけれども、その在り様こそカテゴライズという行為からフリーだ。
ただ「傾向」は聴くことができる。
山下洋輔トリオにおける身体性の問題を当時、大学4年生のぼくはなんて書いただろう?
成績が良かったことしか記憶にないね。
ただ、演奏行為における身体性の回復。
楽器をひとが叩くという当たり前のことに必要な演奏のあり方の提示。
そして視聴行為における身体性の回復。
聴いた音を処理する際の早まる脳の動き。
ビートの乱打によってなしくずしにされるいにしえの定型と呼ばれていたなにがしか。
なしくずしにされるわたしの予めの用意。
ただ今聴くのは身体性を経て越えてさらに響くものだ。
事物が制御されずにあるフリー・フォームが織り成す、すべてのうえのあたらしいフォームの美しさ。
混沌にこそ未来。
大学4年生の頃は集英社のある雑誌の編集部で雑務をしていて、東京中の地下鉄を原稿を持って歩き回っていた。
地下鉄の隣の席には年老いた坂田明が金髪の美女と腕を組んで座っていた。
目の前で白昼堂々、薬を食らう若者ふたりずれが坂田明に気付いた。
「坂田先生もコレ(薬)やるんですか?」
「俺はやらないよおおお。でもまあ、若いうちは時にハメはずした方がいいよ」
ラリった若者にも優しく超然と語り掛ける坂田明の横で若いぼくは呆然と大人しく座席に座っているだけだった。




このファイルを異論の享受、その坩堝に投げよう。




このアルバムジャケットに覚えがある、そして懐かしく思い出すとても大勢のひと。
あなたは間違いなくぼくの友達かもしれない。
ただ、そう、お互い遂に出逢えずにいたね。
何故って、ぼくとぼくたちはこのアルバムをひとり輸入CDショップで買い求めて、ひとり孤独と寄り添って聴いていたから。
いまでは再評価も一段落して、日本盤が普通に買えるGALAXIE500。
しかし一般的な認知に至るまでにはとても時間が掛かった。
その間に、ぼくとぼくたちはこのRough Trade原盤を何度リピートさせただろう。
ぼくにいたっては数え切れない。
まず一曲目「Blue Thunder」で胸がどうしようもなく痛んだ。
覚えている?
その当時、ぼくは大学受験の薄暗い部屋で毎日リピートさせた。
この音楽は勉強の邪魔などしなかった。
それでもペンの動きを止めて、しばし物想いにふけった。
なにを想ったのか、それはいまでは分からない。
きっとあの歳でなくては見えない風景を、ぼくはぼくたちはGALAXIE500に見た。
この美しいジャケット。
いま見返すといかにもインディ盤らしい、一種の「安さ」を見る。
でも、当時はその「安さ」なんか見えなかった。
まず一曲目「Blue Thunder」をギターで弾いてみるといい。
とても簡単に弾けることに驚くよ。
この曲があまりに簡単に弾けることに驚いたのは、ひとつの季節が過ぎてからだった。
GALAXIE500
sonic youthでさえもがまだ神秘的に響いていた時代に現れた彼ら。
その短い活動期間のうちに遺した3枚のオリジナルアルバム、1枚のシングル。
たからものと、たからものと信じるなら、あなたはぼくの友達かもしれない。
でも、あなたとは遂に出逢わないうちにGALAXIE500自体が散開してしまった。
そうだよね?
彼らにとって2NDアルバムにあたる本作「ON FIRE」。
彼らの履歴の中でも頂点にあたるアルバムだった。
未聴のひとはジャケット写真をよく見て。
音はジャケットを見て感じたままの、その音が鳴るから。
かつて儚いものこそを愛してしまう、そんな季節にこの音楽は鳴った。
いまふたたびリピート。
かつての薄暗い部屋を再現して、いまふたたびリピートさせる。
十全に愛せるものは音楽しかない。
そんな稚拙な、しかし懐かしい季節がこの部屋をまた訪れる。
もう13年も前に、確かに訪れた季節。
あなたもその季節を覚えていたら、いつか話をしましょう。
いつか話をしましょう。
まだとても若かったね。
まだとても若かったね。
渋谷の輸入CDショップにひっそりと置かれていたこと、覚えている?
オレンジ色の素敵なジャケット。
ひとり夕暮れの風を浴びているようなその音楽。



dazzling stranger/Bert Jansch (castle)

2000年に発表されたバート・ヤンシュの2枚組アンソロジー。
ブリティッシュ・トラッド・フォーク・バンド、THE PENTANGLEのギタリストという形容はまだ必要だろうか?
あるいはレッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミ−・ペイジのフェイバリット・ギタリストとしてその名を知っている人もいるだろう。
「僕は一時期、本当にバート・ヤンシュに心酔していた by ジミ−・ペイジ」
その言葉とともに。
ジミ−・ペイジだけではない。ぼくのフェイバリット・ギタリストでもある。
しかし彼の長い活動歴をすべてフォローするのは至難だ。
ソロ・アルバムは1965年の「Bert Jansch」から数えて21枚。
ペンタングルのアルバムは15枚。
その他、企画アルバムなどが7枚で、総計43枚。CD化されていないものは勿論、中にはコレクター・アイテムも多く含まれる。
このアンソロジーはそのアルバム群の中から22枚のアルバムを選りすぐり、計44曲を収録している。
ケースには「第一集」というシールが貼られている。この後もリリースは続くのかもしれない。
それにしてもバート・ヤンシュの魅力は不思議なものだと思う。
ギタリストという形容が一番しっくりくるようだが、その在り方が不思議。
技巧の面は文句なし。当然だがまったく申し分ない。しかし技巧だけに終わらない。ギター自体がよく歌っているのだ。
表情豊かに。
一方、歌との相関も不思議なもの。いささか粗いが妙な滋味がある個性的な歌声だ。
普通、技巧的に優れたギタリストは歌を阻害しかねない。しかし自身が味のあるヴォーカリストでもある彼のギターは、歌と一種、きわどい緊張感を従えて歌を補完する。
その歌の補完の在り方がこのひと独自なのだ。何故にも自身のギターの方が、歌よりもどうしたって表情豊かになってしまう。
粗い歌唱をギターが余裕で補完してみせる。であるからこそ歌が引き立つ。この関係はどう考えても不思議。
残念ながらこのアルバムにはペンタングルの歌姫Jacqui McSheeの歌唱は収められていない。
そのためペンタングルでの歌の補完の在り方をこのアンソロジーで確認することはできない。
ただペンタングルでのJacqui McSheeへのサポートと、バート・ヤンシュ自身の歌によるときの在り方は明らかに異なるように感じる。
好き故に論考も尽きないのだけれど、いずれにしても極上のトラッド・ミュージック。
ひたすら静かに幸せでありたい夜に、ターン・テーブルに乗せる。
ひたすら静かに幸せでいられる。


「洗濯脱水 所ジョージ VAP」
1999年の作品。ここで取り上げるのは冗談や軽い気持ちではない。
当代一流のタレント所ジョージ。そのマルチ・タレントぶりで忘れがちなのはフォーク・シンガーとしての生い立ち。
日本のフォーク・シーンではなぎら健壱に次ぐポジションで登場したと思いたい。
ところが、タレント活動が旺盛になっていくうちに出されるアルバムのサウンド・プロダクションが「ポップ志向」になった末、音楽的には全くといっていいほど価値がなくなった時期が続いていた。
ところが本作からプロデュースはTHE ALFEEの坂崎幸之助。
坂崎幸之助と所ジョージは誕生年が一緒のせいか昔から仲がいい。
所ジョージのオールナイト・ニッポンで「2時半の男」として坂崎幸之助は登場していた。
もう随分昔の話だ。
その盟友ふたりが共同作業。
実は今作の聴き所は坂崎幸之助のギター。
さすがにメジャー・シーンで鍛えているだけあって、もの凄いテクニックと感性だ。
ところがその腕が本体のTHE ALFEEの大仰なエレクトリック・サウンドの中では埋もれてしまう。
その点、所ジョージ、フォーク・シンガーとしての原点回帰のこのアルバムでは全編に渡って坂崎幸之助の華麗なテクニックが聴ける。
もう聴いているそばからギタリストの自分を反省したくなる超絶プレイの応酬。
このひとはポール・サイモンは勿論だが、肝要な所ではペンタングルのバート・ヤンシュから直接の影響を受けている。
なるほどバート・ヤンシュの幾分ジャジーなプレイを髣髴させる。
いやあ、すごい。
ギター一本とかRチャンネルLチャンネルにそれぞれ一本ずつとかオーヴァー・ダビングの回数は少ないのに充分な音数。できるものならコピーしたいね。きっといい勉強になるはず。
ギター・テクニックと同時にアレンジメントの勉強にもなる。
さて、坂崎幸之助ばかり褒め称えてしまいました本作。
肝心の所ジョージの歌は次作の「LIVE 絶滅の危機 所ジョージ VAP」の方がいい。
それでも歌詞には見切れないものがある。
ラスト曲「ご自由にどうぞ」
♪娘たちに残せた愚かさが あなたのご主人にうつるでしょう 娘たちに残せた愚かさが 邪魔なら無理して生きなさい 君たちに子供ができて かわいい顔に出会うとき オヤジに似てたら笑うでしょう♪
切々と歌うその在り方は、テレビでのパブリック・イメージでは想像がつかないものだ。



「路傍の芸 里国隆」
灰野敬二さんに教えてもらった。「これは凄いよ」。
渋谷のタワー・レコードでこのCDを購入した。灰野敬二さんからブルースを学びたかったからだ。
贅沢なレッスンだ。
そのレッスンのひとつがこのひと、里国隆。
1918年、大正7年といった方が分かりやすいだろうか、奄美大島の唄者を祖父に持ち生まれた。
1985年6月に亡くなるまで、盲目のミュージシャンとして、路傍に生きた。
いま、部屋を満たす音に身震いする。本人の竪琴による演奏だけをバックに歌い続ける。
1982年11月17日の平和通りでの録音。
こどもや母の会話が唄にかぶさる。それさえ音楽のようだ。
音楽、ただそこにあるもの。
しかしこの声の訴求力たら凄まじい。
灰野敬二さんに電話で報告した。凄いですねと。
こういうときは「凄いですね」でいいのだ。余計な形容は要らない。
「そうだろう、俺たちは雨風凌いで生きていけるけれどね。
そうじゃない所から生まれるものって、やっぱり凄いよなあ」
声だけではない。竪琴も素晴らしい。まずトーンがぞくぞくする。
そのトーンがよく転がり、消えるのだから、ブルースだ。
買ったもの、聴いたものしか分からない、もどかしさ故にジャケットを紹介しておく。
路傍の人。
生前も紹介されたが、いま、注目を集めている。
それが目出度いことか、悲しいことかは微妙だ。
ただこれからも余力があれば別のCDを紹介したい。
正直に書く。
実はこの音楽に追い着ける言葉を、ぼくはまだ持っていない。



「ウラジミール・ヴィソーツキイ/大地の歌」
旧ソビエト連邦の反体制俳優であり、詩人であり音楽家でもあったウラジミール・ヴィソーツキイ。
その在り方はゲインズブールのようである。
この録音は弾き語りのみのフランスでの記録。
M9「暗闇で」が十年以上前のテレビCMで使われたのを覚えている人がいるだろうか?
その知名度は低いが、一度、その声にドヤされたら、二度と忘れ得ない。
モスクワの少年たちのアイドルだった。
しかし、その詩は少年たちが理解するには難解に過ぎるように思える。
ジャケットを見て欲しい。
少年たちはこの風貌にもやられていたのだ。
彼は俳優。
そして詩人。

「暗闇で」

前途は暗闇−足を止めろ!
赤紫の日没が立ちはだかり
向かい風、あおられる雨
道だって、道だってデコボコだぞ

そこには緑なき言葉
そこには不快な噂
そこには不要な面接がある
そこでは草も枯れ、燃えつきた
その跡さえ読み取れぬ
暗闇の中だ
<中略>
そこでは音や色さえも別のもの
でも俺にどうだっていい
どうしても必要なんだ
俺がその暗闇にいることが
どうってことねえ−今に晴れるさ

そこには緑なき言葉
そこには不快な噂
そこには不要な面接がある
そこでは草も枯れ、燃えつきた
その跡さえ読み取れぬ
暗闇の中だ


音楽家だ。まくし立てるような低音。
ベースの効いた生ギターの爪弾き。
しかし始めこそ這いずり回るが、後には一貫して上昇を志向するメロディ。
彼、ヴィソーツキイを語るにはこのページは薄すぎる。
触れて欲しい。全国の新星堂チェーン店で購入可。




入手したのは2001年の年初か、
おお、新装のベスト盤かと、
購入したまま放っておいた。
中身はあまり変わり映えしないのだから→オレは馬鹿だ。
「テイク違い」ということがシド・バレットの場合はどれほど大事か、中学生の初心を忘れていたよ。
具体的にはインナーを見て欲しい。
驚いたのは未発表曲が収録されている点だ。
ブートでは有名だったのか、余り騒がれていないようだが、
M21、「BOB DYLAN BLUES」
素晴らしい。
アコースティック・ギターをご機嫌に奏でて、
ボブ・ディランの愛嬌ある物真似。
物真似以上の価値があるのは当たり前。
浮かばせて、消すんじゃなくて、
きちんと転がせて、消している。
ステレオ・ミックスされただけのものもある。
テイク違いではなくて、ミックス違い。
この作業もシド・バレットには重要だろう。
何せ彼のすべては音なのだ。
浮遊して、現れ、消える、
その音、そのものなんだ。
「彼がロックで音楽とは形のない物だってことを示した初めての人だからね」
灰野敬二の言葉だ。
ごめんね、いま部屋中にシド・バレット。
ミックス違いまでは見破れないけれど、なんだか久しぶりに新鮮な気分。
「OPEL」発表当時の中学生時代を思い起こしたよ。
至福。



極上のトラッド・ミュージックのような深さを持ったM3にやられた。
前編「ソニマージュ・レコーズ」で紹介したIda(アイダ)の最新作が到着した。
「the braille night」
最新作といっても前作と同時期に録音されたという。
いたるところのスタジオで。
なんて素敵なんだろう。こんな音楽を色々な場所に持ち歩いて録音していたなんて!
前作よりも沈鬱としたムードが濃い。
作品の印象を多少地味にしているかもしれないが、ぼくにはこの位が心地よい。
ピアノの音かと思うようなギター・トーン。誠実なベース。完璧だ。
前作の紹介であの作品を1STアルバムと紹介してしまったが、どうやら間違いらしい。
結構な歴史を持ったバンドのようだ。
それにしてもオーヴァ―・ストリームがみなこのような良質の作業による音楽で埋もれたらいいのにと思う。
輸入CDを試聴機でかけて探り当てたバンド。
やはり特別な感慨があるのは否めない。
それにしても「いまGALAXIE500が再結成したら?」という質問への回答のようにさえ思える。
ただし、もう古い流れではなくてIda(アイダ)自身が盟友のバンドと共にシーンを築きつつある。
盟友のバンドの名前はRETSIN。以降に紹介したいと思う。
この時代に聴くという意義を見出せる数少ないバンドだ。
(今作は)マスト!



Kate&Anna Mcgarrigle

女性シンガー・ソングライターDUOのケイト&アンナ・マッガリグルの1975年発表、デビュー作だ。
フレンチ・カナディアンというがそうした出自がどう音楽に影響しているのかは分からない。
なんというか英米音楽の結晶として屹立した印象があるからだ。
カントリー、ブルー・グラス、トラッドそのすべてが豊かな包容力でパッケージングされている。
冒頭は乾いた音で、2曲目は湿り気を帯びて、
この湿度の演出が素晴らしい。
どんな湿度でもベスト・コンディションで聴く者を包み、梳かす。
バックのサウンド・プロダクションも豊かだ。
曲によってはリトル・フィートのロウエル・ジョージ、そしてTOTOのスティーブ・ガットの名前がある。
しかしそうした有名ミュージシャンも節度をわきまえて、匿名性の中に隠れている印象がある。
そんな感想を抱かざるを得ない最大の要因はやはりふたりのヴォーカルだ。
いかに注意深く歌われているのか、聴く方が息を呑む。
全編に渡って息を抜く一瞬もない。
ふたりのハーモニーもさすが姉妹というべきなのか、節度がある。
寄り添うハーモニーはあまりに自然に歌われ、リード・シンガーを押しのけることがない。
しかし冒頭に戻ってこのアルバムは湿度のマジック。
大気のマジックだと本当に思う。
一曲目から部屋の空気が変わる。
まず適度に乾いた風が部屋の空気を一掃する。
とてもしなやかなハーモニーのラスト曲が終わる頃、ぼくはどこか色々な場所を旅してきた印象に囚われる。
日本盤が出ているが早めに手にして欲しい。再プレスの可能性は保証できない。
こんな稀少で素晴らしい音楽がまだ眠っているのだ。
発掘されたからには、末永く聴かれて欲しいのだが。



ME AND A MONKEY ON THE MOON / FELT(1989)

「月面には僕と一匹の猿」。
こんな素敵なアルバム・タイトルは他にない。
1989年、英国はストーン・ローゼズの登場で、俄かマンチェスター・ブームで沸いていた。
そんな中、新旧交代を意味するかのように、愛すべきFELTは散開した。
その仕草は実に淡々としたものだった。
リーダーのローレンスは「今度はDENIMになって戻ってくるよ」と冗談めかして解散に湿り気を与えなかった。
後年、本当にDENIMとしてローレンスはまたシーンに登場した。
けれど、少年期の恥辱に身を隠していた、FELT、往年の彼ではなくなっていたね。
FELTをしてネオ・アコースティックにカテゴライズしたまま良しとするのは、勿体無い。
それでは苦みを、この濃縮された苦味をふいにしてしまいそうだ。
音楽的にも稚拙な凡百のネオ・アコースティック勢とは区別してあげたい(例外はたくさんあるけれど)。
どんなバンドをも素敵な音楽に変えてしまう魔術師、
キーボードのマーティン・ダフィ(現プライマル・スクリーム)はこのバンドで頭角を顕す。
この事実だけでも歴史的なバンドだ。
サウンド・プロダクションに不思議なオリジナリティがある。
それでもローレンスのつぶやきこそが素敵だ。
テレビジョンのトム・ヴァーラインを思い起こさせる声質は貴重だ。
ローレンスの手によるアルバム・ラストのラインも印象的だ。

「かつては結構気に入っていたんだ。
きみにもぼくにも無理なんてなかったね。
好きなときに行き交いしていられた。
ぼくの鏡なんだ。
その前からどいてくれないとぼくにはなにも見えないんだよ」

静かな挑発がそこにある。かつての愛惜と共に。
FELTのラスト・アルバム。
彼らの長く入り組んだ歴史には色々なアルバムがあって、
どれにも「かつての愛惜」があるけれど、この作品には万感の思い入れがある。
彼の鏡の前をそっと退場するように、ぼくらは次の時代に向かった。
次の時代が、前よりいい時代かどうかは歴史の判定を待たないといけない。
歴史の判定を超えて宙に浮かぶこのアルバム。
間違いなく、カルトだった、ある限られた時期、ぼくの。




「ブルースを発車させよう 友部正人 友部正人オフィス」
妥協のない見事な装丁だ。
ジャケット写真付きで紹介しなくてはいけない理由はそこにある。
これほど素晴らしい装丁は普通のメジャー配給では初回限定でしか実現できないだろう。
非常に大事な話だ。
本を捲るようにCDの装丁ができているというというのは。
友部正人
1997年ライブ・ハウスでの記録である。
毎曲ゲスト・ミュージシャンを迎える。
しかし先日の灰野敬二との公演がそうだったように、
セッション・マンたちは自らの役目を心得ている。
珠玉の曲を輝かせるためにはどうすればいいのか。
変則的な編曲で歌われる往年の名曲と、
次作「読みかけの本 友部正人 MIDI.inc」に繋がる曲が混在する。
さらにいえば冒頭曲「戦死」は「no media MIDI.inc」に繋がるチャンスになったかもしれない。
改めて振り返る息継ぎと次の段階に向かう息の整え。
メジャー配給作品だけではできない創作活動を友部正人オフィス名義で遂行する。
だから友部正人は偉大なのだ。
メジャーにあぐらをかかない。
こうした活動はすでに過去にもある。
「なんでもない日には 友部正人 友部正人オフィス」
「はじめぼくはひとりだった 友部正人 友部正人オフィス」
「ぼくの展覧会 友部正人 友部正人オフィス」
節目、節目にマイ・ペースに息継ぎする。
それでもこの「ブルースを発車させよう 友部正人 友部正人オフィス」は、
過去と未来、双方向に足を向けている点で他の作品と区別される。
今作中も数多くのミュージシャンとの交流が記録されているというのに、
まだ、なおかつ孤高の姿勢を保っていられる。
背筋がきちんとしたこの国では数少ないアーティストだと再確認する。
装丁が美麗なのがどこまでも重要。
一冊の素敵な本を読むように、この作品と付き合ってゆける。
マスト!




ディープ・ブルースを一通り聴いた耳には、一聴たおやかに響くかもしれない。
しかし、胸がかきむしられるのは何故だ。
ブラインド・ウィリー・ジョンソンのような強力な濁声ではないし、
サンハウスのような強烈なギターがない。
しかし、上記二者と彼、ブラインド・レモン・ジェファーソンを並べてみたくなる。
現在、灰野敬二が「俺の墓をきれいにしてくれ」を哀秘謡のレパートリーにしている。
ぼく自身、このアルバムは灰野に薦められた。
「これ、はじめは大人しく聴こえるかも思うかもしれないけれど」
とぼくの手に渡した。
ターン・テーブルに載せた。
なんだこれはと胸をかきむしられた。
理由の所在が見分けにくいが、声を伸ばす、転がす、切る、その絶妙なタイミングにあるように思える。
ゴズペルだ。
タイミングなんて軽い言葉は通用しないかもしれない。
祈りのままが正解だろう。
それにしてもなんと物悲しくも慈悲深い声なのだろう!
何度でも聴き返す、だからこのレビューは何度でも書き直される。
1ヶ月で理解できる音楽ではない。
鳴れ!



流行歌以前の流行アイドルは歌で時代に乗ることを狙っている。
smapのこの記録もまたその証明だ。
この国民的スターとの折り合いをつけるのにぼくは随分な時間を要した。その分だけ、いまは彼らの偉大さを思える。
サウンド・プロダクションを分析しよう。
秀才・山崎まさよし作の「セロリ」が大きな分岐点になっているのが、このベスト盤でよく分かる。
奥行きのあるサウンド・プロダクションの大切さにこの時点で陣営は気付いたようだ。
その後の作品はすべて奥行きが意識されている。
ただ、それ以前の「青いイナズマ」「ダイナマイト」「俺たちに明日はある」も捨てきれない。
それが何故かは冒頭に戻る。
「時代遅れのオンボロに乗り込んでいるのさ」
いいラインだ。
「青いイナズマが僕を責める。炎、身体焼き尽くす」
なかなか書けないよ、こんな歌詞。いや、いい意味で。
MC5ヴァージョンで大きな音量のギターで叫んでみたいよ、こんなフレーズ!
時代に乗るために流行アイドル陣営は相当な力を注ぐ。
それには冷徹な分析が必要だったろう。
しかし「セロリ」以降は自信満々だ。王者の風格。
ボーイズ・コーラスからソロ・パートを大切にしたコンビネーションに変わる。
これは天才・木村拓也の他に、香取慎吾が歌唱力を俄然上げたせいだろう。
面白いと思う、素直に。
「夜空ノ向コウ」で時代に決定打を放った以降は、決定打故にその後の苦労が偲ばれる。
ブラコン路線を彷徨う。
しかし試行錯誤の成果は小品「らいおんハート」できちんと花開いた。

いいじゃないか、頑張れ!


ティム・バックリィのセカンド・アルバムにあたる1967年の作品。
「goodbye and hello」
この作品あたりで彼の世界はその姿をはっきりさせる。
チャイムの音のようなヴォーカル。ここでは大仰なサウンド・プロダクション。夢/うつつを詠った歌詞。
叫んでいても歌の声でありつづけるのは天賦の才だろうか。
つぶやきから叫びまでを「歌の声」として駆使できるとはあまりに豊かな前提だ。
サウンド・プロダクションの特殊な在り方も、このシンガーを簡単にフォーク畑に押し込めることを拒否する。
どこか一点に光を当てると他の光が逃げてしまうので、批評たるのが難しい。
ただしやはりその声に注目してみよう。
地声と歌声を同時に鳴らせる?
普通、地声がそのまま歌声になるが、彼は歌声を鍛錬によって別に身に付けてしまったようである。
だから多声的な歌世界を作り出せ得た。
ドラッグによるのか(疑問だが)抽象的な歌詞世界を歌い上げられる。
ファルセットをこれほど自然に使われると、ファルセットと呼んでいいものかも疑問になる。
とても柔らかいファルセットだ。
マジックを至る所に用意した彼だが、
声、
彼そのものの中から搾り出せたものが果たした役割は計りしえない。
もう一点、ジャンル分けを不可にするそのサウンド・プロダクションは、
詩世界の表現のためには必至のものだ。
このサウンド・プロダクションの創造のためにティム・バックリィ自らが大きな貢献をしているのは、
ある意味当たり前だ。
結果、彼自身をして有能なアレンジャーにしてしまう。
今作は日本盤が出ている。
日本盤ライナーにある通り、その後のドラッグ死について語るのは不適切に思う。
この時点でまだ2枚目、ささやかな希望と野望に満ちていた頃の作品だからだ。
いまRHINOから2枚組みのアンソロジー盤が出ている。
輸入盤しか見ていないし、入手していないのだが、
詳細な英文ライナーが付いている。
次回はこのアンソロジー盤も紹介したい。


NEU!の3作品が東芝EMIから再発が決定した。発売ももう間近だ。
好きなものを取り上げるとクラウス・ディンガー全レビューができる。ただクラフトヴェルクの1stだけが未入手だが。
この作品はクラウス・ディンガーが自身の音楽を初めて体現させしめた一作と言えるのだろう。
1曲目から10分に渡るハンマー・ビートに狂喜せよ!
クラウス・ディンガーは自分の音楽を「テクノの元祖」と呼ばれることをとみに嫌ったという。
その気概を代弁するかのように、この音楽は有機的なのだ。
従来の批評はこの点を分かっていなかった。むしろ無機的な音楽に区分してその点を愛でていた。
なにか違う。
この際、ハンマー・ビートという表現も疑ってはどうだろう?
本当はビート、「鼓動」で十分な表現になっている気がする。
本来のビートと凡百の音楽のビートにあまりにも齟齬が出た結果だとはいえないか?
NEU!のビートこそ「鼓動」を意味する本来のビートだ。
つまり人間の有意思とは無関係に規則正しく刻まれる人間のうちの「鼓動」だとは考えられないか?
また大半の楽曲で、鼓動、ビートを裏に隠して有機的な人間の世界を描いてもいる。
このNEU! 1stはそのよき証言になる。
個人史を辿るとぼくはクラウス・ディンガーになりたかった、なろうと努力した人間だ。
カール・マイヤーにて、見送りの日にて、LaLaにて、ソロにて。
これほどぼくを感化させるミュージシャンズ・ミュージシャンは数少ない
(ヨーロッパで残るはTHIS HEATのチャールズ・ヘイワードくらいだ)。
ジャーマン・ロックと一口で括るのにも閉口する。
当時ドイツのバンドは地理的な制約を余儀なくされた故にそれぞれが孤高の地位を得ていた。
似た資質ばかりに眼を耳を傾けていてはいけない。
違いにこそドイツの豊饒がある。
クラウス・ディンガーにばかり触れてしまったが
ミヒャエル・ローターなくしてこの奇特な音楽は生まれなかった。
ラスト曲の美しさよ。
単純さと重層の絶妙なバランスは歴史の奇跡だ。


「20世紀のソニマージュ・レコーズ」
あの方、この方を唸らせた名曲「だけ」を収録したCD−Rです。
装丁美麗です。ライブ会場などで受け付けます。